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連合赤軍リンチ殺人事件

           日本での左翼運動が大衆の期待を失った転換点 




事件の首謀者森恒夫と永山洋子



山岳ベース事件としても知られる戦後左翼の最悪の内ゲバ事件である。
一口に連合赤軍と呼ぶが、これは革命左派(京浜安保共闘)と赤軍派が連合したことにより発生した通称である。
赤軍派のリーダー格が森恒夫であり、革命左派のリーダー格が永山洋子であった。
他国の共産主義国家同様、内部では深刻な権力闘争が繰り広げられており、連合した赤軍派と革命左派も決して一枚岩ではなかった。
こうした組織内の疑心暗鬼が事件をより凄惨で救いのないものとした。
まだ共同で軍事訓練にあたっていた連合赤軍結成の1ケ月前、過激派の恐ろしさも知らずに京浜安保共闘に参加した早岐と向山は山岳ベースでの訓練などに辟易し脱走。
主要メンバーは情報の漏えいを怖れ二人の処刑を決断する。
その後、京浜安保メンバーのアパートでパーティーをやろうという口車に乗せられ、早岐を殺害した三人によって「なぜ逃げた」「敗北主義者」などと言われながら血まみれになるまでリンチを加えられた後に
同じく印旛沼のほとりで首を絞められて殺害され埋められた。
これが山岳ベース前に起きた印旛沼リンチ事件である。
山岳ベース事件前にすでに彼らは二人の同志を殺害していた。

革命左派と赤軍派の主導権争いが繰り広げられるなか、(赤軍派はそのために軍事訓練に水筒を持ってこなかった革命左派をしつこく糾弾した)山岳という孤立した空間で共同生活を営む同志たちの
精神は急速に摩耗していく。
というか摩耗していなければ意味不明な総括の理由がわからない。
そもそも総括というのは自らを一段と飛躍させる為に自らを厳しく見つめなおし自己批判するという意味である。
要は当時の共産主義の洗脳方法のひとつなのだが、なぜかここで森恒夫が恐ろしいアイデアを発案する。

「これまでの総括の限界を乗り越えるために気絶するまで相手を殴る総括援助をお粉わなけれあならない。そして気絶から目のさめた同志は真の共産主義戦士として生まれ変わるだろう!」

今考えれば誰もがマジキチとしか思わないだろう。
しかし宗教といっしょで信じた思想を社会的に迫害された彼らはそうした妄想にも似た希望を持たなければやってられなかったもかもしれない。
日本に社会主義革命を起こそうというあまりにも非現実的な目標と、刻々と迫る警察の包囲網。
人里離れた山岳で隠れ住む過酷な共同生活(夜は氷点下15度、トイレは機能せず風呂も入れない)などの閉塞された環境が彼らを狂気の選択へと走らせた。


最初の犠牲者は尾崎充男であった。
これまで交番襲撃に積極的でなかった、とか教えるべきでないものにまで銃の隠し場所を教えたなど何度も総括の対象になってきた彼は1971年12月31日の大みそか、ささいな理由で再び総括援助され
気絶した。
しかしここで永田洋子が切迫した口調で断固として宣言する。

「ここで終わってしまっては同じ過ちを繰り返すだけよ!革命戦士としての自覚が出来るまで外の木に縛りつけなさい!」

外は氷点下15度の酷寒地獄である。
人間の生理的限界によってごく当然のように尾崎は凍死した。
何の装備ももたない人間が厳冬の屋外に放置されれば死ぬのは当たり前なのだが、永田は
「彼は革命戦士斗なることが出来ずに自分から死んでいった。敗北死したのよ!」
とあたかも尾崎の覚悟が足りなかったがために死んだのだと主張した。
もはや理性的な意見はかえって自分が粛清の対象になるだけだとメンバーたちは自覚しつつあった。

1972年1月1日、正月を迎えても惨劇は一向に無くなろうとはしなかった。
今度は進藤堂隆三郎がやり玉にあがる。
以前同棲していた女が警察に捕まり情報を漏えいした責任を問われたのである。
この言いがかりとしか思えない理由によって進藤は死ぬまで殴り続けられた。
森のマジキチ理論によれば気絶すれば目覚めたときに生まれ変わるはずなので、進藤が気絶しない以上殴るのを止めるわけにはいかなかったのである。
そのため進藤は肋骨が6本折れ、肝臓も破裂した内出血のため腹部は緑色に変色していた。

「もうだめだ!」

そう絶叫して進藤もまた息絶える。
新たな犠牲者が出たにもかかわらずその死は敗北死として侮蔑の対象にしかならなかった。

続いて加藤能敬と小嶋和子がやり玉にあがる。
二人は恋人同士であり、運悪くキスしているところを永田に目撃されていた。
理想に狂った永田は組織内における男女交際を反革命であるとして忌み嫌っていたのである。

「この二人は神聖な活動の拠点を穢したわ!」

全員が異議なし、と賛同し猛烈な暴力が二人に振るわれることとなった。
1月3日、小嶋和子は屋外に縛られたまま放置され尾崎同様凍死した。
翌1月4日、恋人の死を見届けた加藤にも死神の魔の手が迫る。
加藤には二人の弟が組織に参加していたが、森と永田は涙ながらに弟たち二人にむかって総括を達成させてやろう!と迫った。
あくまでも兄のためである、と心を鬼にした二人は兄を殴り続けたが、もちろんそんな暴力が人を生まれ変わらせることができようはずもなく加藤能敬も死亡する。
この死もまた敗北死である、として永田は残された弟に貴方達は真の革命戦士になりなさいと告げたという。

1月6日メンバーの中で一番の美貌をもった遠山美枝子が髪をのばしていることや化粧をしていることに永田が腹を立て総括の対象となる。
なんとか死を逃れようと遠山は哀願する。
森はこれに対し、死亡した小嶋の墓をつくることで総括しろと言うが、赤軍派の寺岡が埋葬中に死体を殴れと言いだしメンバー全員で死体を殴ることに。
それでも総括が不十分であるとされた遠山は自分で自分を殴ることを要求される。
まともな手段では生き残れないと判断した遠山は顔の形が変わるほどに自分の顔を殴り続けた。
永田は鏡で醜くはれ上がった顔を遠山に見せ、これは女を超えるために貴女に必要なことなの、とのたまった。
ここまでしたにもかかわらず遠山は頭を丸刈りにされたあげく目隠しをされ縛りあげられて放置される。
3日3晩飲まず食わずだった遠山はうわごとを呟きながら翌1月7日に死亡した。
さらに不適切な発言を行ったというわけのわからない理由で行方正時も総括の対象となり1月9日に死亡している。

この不幸な暴力の連鎖を全員が疑問に思わなかったわけではない。
この特殊な環境でなければほとんどまともに相手にされないトンデモ理論なのである。
組織序列No4の寺岡恒一は総括自体が森と永田に恣意的に利用されていることを組織序列No3である坂口に相談した。
しかし坂口は寺岡を裏切って彼を森と永田に売り渡す。
激怒した二人は寺岡を総括すらなまぬるい、死刑に処すと言ってナイフで突き刺した。
「最後に何か言いたいことはあるか。」と森恒夫が聞くと死を覚悟したのか寺岡は
「俺は最初からこの風船ババアの永田が大嫌いだったんや! お前らがリーダーなんてチャンチャラおかしいわい!」
といって二人を嘲笑った。
その後寺岡はアイスピックで喉や胸を何度も突き刺されたにもかかわらず生きていたので、最終的にタオルを首に巻かれて4人がかりで絞殺された。
さらに寺岡の処刑に加わらなかったというだけで山崎もまた死刑判決を下され寺岡と同じように全身を突き刺された上絞殺されている。

1月17日ここで1人の脱走者が出る。
岩田半二である。
というかこれまで脱走者が出なかったこと自体が奇跡的な話であった。
おそらく仲間の死に手を貸した共犯者的な罪悪感が彼らに脱走を許さなかったのだろう。
岩田が捕まればアジトの場所はばれる。
メンバーは惨劇の舞台となった榛名山ベースを捨て迦葉山ベースに移動した。


迦葉山ベースにいっても恐怖の総括は終わる気配を見せなかった。
いや、むしろ悪化した。
山本順一、大槻節子、金子みち代がどうでもいい言いがかりで相次いで殺害され、妊娠していた金子などはお腹のなかの子供はは赤軍の申し子である!
そんな神聖な子供を金子は自分のものにしようとしている!そんな金子と赤軍は戦う!
という摩訶不思議論が開陳され、森は本気で金子の腹を割いて子供をとりだすことを検討し始めた。

2月4日床下に転がされ砂糖水しか与えられていなかった金子が死亡する。
金子を殺したのは明らかに連合赤軍のメンバーなのだがメンバーは何をとち狂ったか金子がお腹の赤ちゃんを殺したといって遺体にむかって糾弾した。
赤ん坊という無垢な革命戦士を助けられなかったのは敗北である。
この敗北を総括し新たな闘争を開始するために資金を調達しに行ってくる。
そう言い残して森と永田は東京に旅立っていった。
狂気の指導者の洗脳が解けたのか、この日を境に連合赤軍内で脱走者が続出する。

2月12日、組織を脱退したいと言っていた山田孝が衰弱死する。
その後組織は脱走、そして逮捕による脱落から5名にまで数を減らし、逃走の果てでメンバーは運命のあさま山荘にたどりつくことになる。
なお、資金調達の途中で逮捕された永田洋子は逮捕後
「今、東京で何か起こっていませんか?」
と尋ねたという。
世界同時革命がおこり東京で大々的な武装蜂起が起こるという子供じみた妄想をこのとき永田は本気で信じていた。
現実を捨て妄想のために生きるからこそこれほどの日本人らしからぬ虐殺事件が起こせたのかもしれない。


この事件までまだ日本国民は左翼運動というものを肯定的に考えていた。
報道もおおむね彼らに同情的な論調であり、一部には本気で社会主義革命が起こると考えているものがいた。
しかしこれ以降社会主義は大衆のコンセンサスを完全にえられなくなっていく。
だが現在のとある報道機関の上層部が、この時代の左翼主義に染まった亡霊に占められているのも間違いのない事実なのである。



あんそく やる夫はあさま山荘を攻略するようです





名優役所広司の名演が光る!






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