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日航ジャンボ墜落事故



その1

1985年8月15日JAL123便が御巣鷹の尾根に墜落した事件は日本の航空事故史上未曽有の被害を出したことで知られている。

しかしこの事故の原因は事件から27年が経過した2012年現在もネットで疑惑が指摘され続けている。

一部の市民団体ではネットにあきたらずドキュメンタリーフィルムを制作して、地方の公民館で上映すらしているほどだ。

管理人の暮らす福島県でも公共の公民館で堂々と上映されており、非常に驚いた記憶がある。(もう5,6年は昔の話だが)

なぜこのような草の根運動が今も絶えないのだろうか。




JAL123便に異変が生じたのは18時24分、予定高度の24000フィートに達する直前ちょうど伊豆半島南部東岸に差し掛かることであった。

突如ドーンという破壊音とともに操縦に重大な影響を及ぼす異常事態が発生し、機長はすぐさまスコーク77(緊急事態を知らせるコード)を発声し、東京航空管制部に対し

異常事態発生のため高度を22000フィートまで下げ羽田空港に戻ることを要求した。

しかし数分後には油圧系統のほぼ全てを喪失し、方向舵や昇降舵などの操縦機能を失った。

その後機体はフゴイド運動とダッチロールが発生。

機長たちは四機あるエンジンの出力をコントロールすることでなんとか機体の高度・方向・姿勢を制御しようと試みる。

その後123便は進路を東に向けたのち、山梨県大月市付近で360度旋回しながら急降下し、その後進路を北に変えて不安定な飛行を続けた。

この間機長は複数回にわたって「操縦不能」であることを発信している。

東京航空管制部の管制官は羽田以外にも米軍横田基地でも受け入れ用意があることを伝え、機長も了承したが、なぜかこの後機長は東京や横田基地の管制官からの

呼びかけに対し完全に沈黙する。

そして123便は長野、埼玉、群馬県境の山岳地帯へ向かって飛行を続け18時57分レーダーから消失した。





さて、ここでパイロットなどの専門家がまず不自然に感じる部分がのっけから登場する。

機長が宣言した「スコーク77」がそれである。

この「スコーク77」は国際緊急無線信号でありめったなことでは使わない信号なのである。

緊急度では最高ランクに位置するため発信するには厳格なマニュアルがあり、航空各社によってチェックリストが存在するという。

ある元JALパイロットはこのチェックだけで1.2分はかかると証言する。

だが機長が発したこの宣言は異常事態のわずか10秒程度の間しかなかった。

ここに専門家は違和感を抱いたのである。

しかしこの早すぎる「スコーク77」には123便を異常が襲う6分ほど前からの前フリが存在した。








座席中央部分の最後部から5番目に座っていた小川哲氏(当時41歳)の撮影した写真である。

ちょうど富士山と江の島が見えるスポットだけに乗客の多くが窓から外の景色を眺めていた。

そのなかで不審なものを発見したために撮影した一枚と見られる。

機体の右前方から小型の飛行物体がこのときすでに接近中であったのである。

当然これを機長たちは把握していたはずですでにベルト着用のランプは消えていたが18:23再びベルト着用のランプが灯りスチュワーデスの一人がトイレに行きたいという

乗客のために「行かせてよろしいでしょうか」と確認するやりとりが残されている。

このスチュワーデスに対する副パイロット(このとき機長昇格訓練のため副パイロットが主操縦席についていた)の返答は明らかにおかしい。


「気をつけて、じゃ気をつけてお願いします。手早く、気をつけてください」


と、この短い返答に三回も気をつけてと発言しているのである。

しかも声を分析した結果、副パイロットの緊張度は7と明らかに異常な緊張状態を示していた。

相手のスチュワーデスの緊張度は3であり、このときコクピットだけが何らかの異常を把握していたことを窺わせる。

この分析方法はその人間の基本周波数(1秒間あたりの振動数)を基礎にその上下によって緊張度を測るもので現在も精神状態を分析するのに用いられている。

おそらくはこのときすでにコクピットでは123便を追尾する謎の飛行物体の存在に気づいていた。

だからこそ異常事態の発生からわずか10秒後に機長は「スコーク77」を宣言したと考えるのが自然ではないだろうか。




さかのぼること14年前の1971年7月30日、全日空の58便が岩手県雫石上空で当時の主力戦闘機であったF86Fセイバーと衝突し乗員乗客が全員死亡する事故があった。

このとき防衛庁は決して認めようとはしなかったが、自衛隊機は58便を仮想敵に見立てて訓練中誤って激突したのではないか、という噂が流れた。

もちろんそんな話が認められるはずもなかったが、現役を引退した自衛隊員や国内線の旅客パイロットは口をそろえてこう証言している。

「自衛隊機が旅客機を仮想敵として訓練を行うのは日常茶飯事だった」

予算の少ない航空自衛隊はしばしば旅客機を敵機と想定した空戦機動などの訓練を行っていたという。

ある自衛隊士官によれば、予算の豊富なアメリカ軍以外はどこの国でも多かれ少なかれそうした訓練を実施しているらしい。

あるいは123便の機長たちも、また自衛隊が嫌がらせを始めた、と考えていたかもしれない。




続く