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日航ジャンボ墜落事故



その2




123便の墜落理由は圧力隔壁がボーイング社の修理不良により内部の圧力に耐え切れず破損。

一気に噴き出た内部の圧力が機体の尾翼を吹き飛ばして操縦系統が失われた、というのが公式発表になっている。

しかし尾翼が吹き飛ばされるほどの大規模な破壊が起きたとすれば機内の気圧は急速に低下するはずである。

ところがこの急減圧がなかった、というのは早くから研究者によって指摘され、最終的には事故調査委員会も認めるにいたったのだ。




1986年2月24日、ホノルル空港上空で123便と同型のジャンボの貨物室が吹き飛んだ事故が発声した。

高度は23000フィート、と123便とほぼ同高度である。

このとき機内で発生した急減圧は空恐ろしいほどのものであった。

「いろいろなものが機内を飛び回っていたわ。そしてみんな吸い出されていったの」
「音がしたの。バンッてすごい音が。すごい風が吹いて怖かったわ」

もっと古い時代では実際に人間が機外へ吸い出されてしまった事件も存在する。

高度23000フィートといえば約7300m、酸素マスクなしには意識を保つのも難しい高度である。

第二次世界大戦中、日本軍のパイロットは空にあがれば六割頭と呼んで警戒していた。

酸素濃度と気圧が低くなったために普段の六割しか脳が働かないという表現である、が当時の空戦高度は3000m〜4000mが主流なのだ。

7300mの高空ではとてもではないがまともな操縦をすることは不可能だった。



にもかかわらず123便のパイロットが酸素マスクを吸入した様子はない。

アメリカのUSエアフォースでは高空でパイロットがどの程度操縦を保てるか実験を試みている。

高度24000フィートの高空では5分程度で予備が震え意識がもうろうとし始める。

このころになると操縦かんを引くこともできず、目の前に吊り下げられた酸素マスクをつけることすらできなくなるのだそうだ。

計算能力にも著しい後退がみられ二桁の足し算さえ満足にできないようになってしまった。


ところが立川市で行われた日本での同様の試験ではアメリカの実験のような計算能力の低下は見られず、高空での能力の低下には個人差があるという報告書が

まとめられた。


しかしこの実験には大きな差異が存在する。

なぜなら日本の実験では気圧の減圧は実際の事故のように急速にではなく段階的に行われたからである。

アメリカでの実験が軍での運用を前提としたシビアなものであったことを考えれば、事故調査委員会の実験データは恣意的な操作が加えられている印象を否めない。

しかも日航の元機関士だった藤川秀夫氏は「予想していた以上に肺から空気が吸い出されたちまち目の前が暗くなったのにずいぶん事実と違う報告書になっているな

と思った」と証言しているのでは、正直事故調査委員会の報告書を鵜呑みにすることはできない。


いずれにしてもまず結論に圧力隔壁の破壊がありきでその理由が後付けされているというのが心象である。

論理的に爆発音のあと急減圧があった。だから圧力隔壁が破壊された可能性が高いというのなら話はわかる。

しかし原因は圧力隔壁の破壊だ。だから機内の気圧は急速に下がったはずだ。低酸素症などの症状が現れなかったのは個人差による。

というのは強弁にすぎるのではないだろうか。

そもそも123便の機長は東京航空管制部の管制官に高度22000フィートを維持し右旋回するむねを報告している。

急減圧が発生した機体は高度を下げなければならないはずなのに123便が緊急降下した形跡はない。

そのため管制官は123便が操縦不能を宣言したとき耳を疑ったという。



続く