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楳図かずおとまことちゃん

            




    楳図先生、決してウォーリーではない。




 楳図かずおと言えばホラーマンガの巨匠であり、アニメ化や映画化された作品は数知れず。
 
 本人の奇矯なキャラクターと相まってメディアの露出も多いためおそらく読者のみなさまもご存じであろうと思う。

 管理人も漂流教室やおろちをはじめとする恐怖マンガを読み漁っていたものである。
 
 ちょうど管理人の小学生時代はつのだじろう先生のうしろの百太郎が大ヒットし、空前のホラーマンガブームであったのである。

 私は真悟を読んだのは高校生であったと思うが、涙なしには読めなかったのを覚えている。

 
 しかし楳図かずおには珍しいギャグマンガも存在する。

 それが1976年から少年サンデーで連載された「まことちゃん」である。

 主人公の沢田まことと沢田一家が巻き起こす下ネタエロネタ満載の不条理ギャグで、「ぐわし」「~なのら」「ギョエー」など管理人でも知っている流行語はのちのお坊ちゃまくんのちゃま語を思わせる。
 
 まさにこの同時期、お坊ちゃまくんの作者である小林よしのりは「東大一直線」でギャグマンガ界の最前線を走っていた。

 近年のAKBオタクぶりには個人的に残念な思いを禁じ得ない。

 さて、ホラーマンガ家としてすでに確固とした地位を築いていた楳図かずお先生がなぜ「まことちゃん」というギャグマンガに転向したのか。



 それは楳図先生が深夜一人で原稿を描いていた時のことだという。

 当時楳図先生は高田馬場のアパートを借りて作業にあたっていた。深夜ともなればほとんど人通りもない閑静な住宅街である。

 そんな時間にいったい何者だ、と不審を抱いた楳図先生は念のためドアを開けずにドア越しに話をしたらしい。

 訪ねてきたのは年若そうな女性であった。

 「私楳図先生のファンなんです」

 ファンならこんな時間に訪ねてくるのは失礼だろう、と楳図先生は思ったらしいがそれでもやはり大事なファンである。追い返すのも気がひけた。

 それにどうも彼女が自分のファンであるというのはあながち嘘でもないらしい。

 かなり自分の作品について精読しているのが言葉の端々から感じられたのである。

 次第にうちとけて作品について語り始めた二人だが、それも彼女がある言葉を吐くまでだった。


 「―――――――ところで先生はどうして私の生活をマンガにしているんですか?」

 
 もしかしたらこのドアの向こうにいるのは人ではないのかもしれない!

 心底ゾッとした楳図先生はさすがに再び机にむかってホラーマンガを描く気にはなれなかった。

 そこで誕生したのがあのギャグマンガの金字塔、「まことちゃん」であったというわけである。






今でも驚きのポーズでタッチが劇画化して楳図風になるギャグがあるけど、若い人は元ネタわからんだろうなあ……


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